なぜ自分ジャッジ(否定・批判)をやめられないのか?
- nirin-so

- 1月10日
- 読了時間: 4分
「自分をジャッジ(否定・批判)するのをやめましょう」
最近よく耳にする言葉ですが、正直「それができれば苦労しないよ!」と感じてしまいませんか?
「ダメだと思っちゃいけない」と思えば思うほど、余計に自分を責めてしまう……。
このループ、実は心理学的にも非常に理にかなった現象なのです。
今回は、なぜ私たちは自分をジャッジしてしまうのか、そしてどうすればその苦しさから抜け出せるのかを、心理学の視点から紐解いていきます。
1. なぜ、ジャッジしてしまうのか?
自分を裁く声は、決してあなたが「性格が悪い」からでも「意志が弱い」からでもありません。そこには、人間が生き延びるために備えた3つの心理メカニズムが働いています。
① 本能的な「ネガティブバイアス」
人間には、良いことよりも悪いことに敏感に反応する「ネガティブバイアス」という本能があります。
原始時代、群れから外れることは死を意味しました。そのため、自分の欠点(=群れに受け入れられない要因)をいち早く見つけ、修正しようとする防衛本能が、現代では「自己批判」として現れているのです。
② 幼少期に作られた「内なる検閲官」
心理学では「取り入れ(Introjection/摂取)」という言葉があります。子供の頃に親や教師、社会から言われた「〜すべき」「〜してはいけない」という基準を、自分の声として取り込んでしまう防衛機制の一種です。かつてあなたを守るためのルールだったものが、大人になっても「内なる検閲官」として、あなたを監視し続けているのです。
③ 「皮肉的反応」の罠
心理学者ダニエル・ウェグナーが提唱した「皮肉的過程理論(シロクマ効果)」によれば、「◯◯を考えてはいけない」と禁止するほど、脳はその対象を強く意識してしまいます。 つまり「ジャッジしてはいけない」と思えば思うほど、脳は「ジャッジしていないか?」を常にチェックし始め、結果としてジャッジのループにハマってしまうのです。
2. 「ジャッジをやめる」のではなく「関係を変える」
では、どうすればいいのでしょうか?
結論から言うと、「ジャッジするのをやめよう」とするのをやめることが第一歩です。
心理療法のひとつである「ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)」や「マインドフルネス」の考え方をベースにした、具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:ジャッジに名前をつける(脱フュージョン)
自分を責める声が聞こえたら、「私はダメだ」と思うのではなく、「今、『自分はダメだ』という思考が浮かんだな」と一歩引いて観察します。
おすすめは、その批判的な声に「裁判官」「お局様」「心配性の教官」など、あだ名をつけることです。「あ、また裁判官が登場して判決を下してるな」と客観視することで、思考と自分の間にスペースが生まれます。
ステップ2:ジャッジの「目的」を理解する
あなたの内なるジャッジは、あなたを苦しめるために存在しているのではありません。実は「あなたを失敗させないため」「傷つかないように守るため」に、厳しく声をかけているのです。
「教えてくれてありがとう。でも、今は大丈夫だよ」と、その声の「防衛的な意図」だけを受け取って、内容はスルーする練習をしてみましょう。
ステップ3:セルフ・コンパッション(自分への慈しみ)
ジャッジをしてしまった自分をさらにジャッジするのは、火に油を注ぐようなものです。
もし、あなたの大切な親友が「自分はダメだ」と落ち込んでいたら、あなたは何と声をかけますか? その優しい言葉を、そのまま自分にもかけてあげてください。
「ああ、今自分を責めてて辛いんだね」「そう思っちゃうのも無理ないよ」と、自分の感情の味方になることが、脳の防衛本能を鎮める一番の近道です。
最後に:ジャッジは「心の癖」にすぎない
自分をジャッジしてしまうのは、長年かけて身についた「心の癖」です。単なる癖なので、気をつけていけばいつかは直りますが、一日二日でなくなるものではありません。
大事なのは、ジャッジが消えることではなく、「あ、またジャッジしてるな」と気づくスピードを上げること。 そして、気づいた自分を「よく気づいたね」と褒めてあげることです。
完璧を目指す必要はありません。少しずつ、自分の中の「厳しい裁判官」を、「ちょっと口うるさいけど心配性な隣人」くらいに変えていければ、心がだいぶ軽くなっていきます。
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