手放す勇気:なぜ古い価値観にしがみつくのか?
- nirin-so

- 10月3日
- 読了時間: 4分
クライアントさんとのカウンセリングで、古い価値観や思い込みを手放すことについてお話ししたときのことです。クライアントさんから、深くうなずきながらも、切実な声が漏れました。
「手放すとぽっかり穴があいて不安になるんです。どうすればいいかわからなくなってパニックになります。そして手放したくない!と聞こえてきます」
この反応は、実は極めて自然で健全な心のサインなんです。
私たちはよく「いらない信念は捨てましょう」「古い価値観を手放せば楽になる」といった言葉を耳にします。しかし、それができたら誰も苦労しません。長年握りしめてきた信念や思い込みは、私たちが思うよりもずっと深く、複雑に私たちの心と結びついているからです。
なぜ、私たちは古い価値観を手放そうとすると、強い不安や抵抗を感じるのでしょうか? その背景には、私たちの心を守ろうとする強力な二つの心理作用が働いています。
1. 「自分」そのものになる:同一化の罠
私たちが「これが私だ」と感じている自己定義の多くは、実はこれまで学んできた価値観や、周囲から与えられた役割、そして無意識に吸収した「〜であるべき」というルールで構成されています。
この信念や価値観を、「自分の本質」や「自己定義」の一部として取り込んでしまうプロセスを同一化と呼びます。
「手放すとぽっかり穴があく」という感覚は、まさにこの同一化の強さを示しています。
自己認識の危機と安全基地の喪失
その古い価値観は、たとえあなたを苦しめていたとしても、「自分とは何か」という問いに対する唯一の答えとして機能してきました。
同一化の危機: それを手放すことは、まるで「自分という存在の基礎」を失うような感覚です。「私は何者なのか?」という問いに答えられなくなり、強いエゴの防衛反応が起こります。
世界の地図の喪失: 古い信念は、私たちにとっての「世界を理解し、予測するための地図」でもあります。「こうすれば安全だ」「こうしなければならない」というルールは、混乱した世界で迷子にならないための安全基地**でした。それを手放すことは、地図のない荒野に放り出されるようなものです。だからこそ、「ぽっかり穴があいた」と感じ、パニックに近いうめき声が心から聞こえてくるのです。
2. 「安定」を是とする:ホメオスタシスの法則
もう一つの強力な抵抗の源は、生物として私たちが持つホメオスタシス(恒常性)、すなわち「安定した状態を保とうとする働き」です。
これは体温を一定に保つ仕組みと同じように、私たちのメンタルシステムにも働いています。心理学におけるホメオスタシスは、現在の心理状態や行動パターンを、たとえそれが苦痛を伴うものであっても、「既知で安定したバランス」として維持しようとします。
変化への警報と強烈なブレーキ
なぜ苦痛な状態を保とうとするのか? それはシステムが無意識にこう学習しているからです。「このままでいれば(苦しいけれども)なんとか生き残れる」
変化=脅威: 新しい価値観や行動パターンへと移行する変化は、メンタルシステムにとって「不安定要素」「未知の脅威」と認識されます。
現状維持の圧力: システムは自動的に「危機回避」のために働き、現状維持の方向に強烈なエネルギーをかけます。「手放したくない!」という内なる声は、心の奥底にあるこのホメオスタシスが発する、大音量の警報なのです。不安やパニックは、この警報が「踏み出すな!」と強烈なブレーキをかけている状態なのです。
手放す勇気とは、「穴」を受け入れる勇気
私たちが慣れ親しんだ古い価値観を手放すとき、穴が開いたような気持になり、不安になるのはシステムがあなたを守ろうとする健全な防御反応なのです。この事実を知るだけでも、抵抗に対する見方は大きく変わるはずです。
手放す勇気とは、決して古い価値観を無理やり「捨てる」ことではありません。それは、穴があいて不安に苛まれ、パニックになりそうになる「移行期間」を、「大丈夫だよ、そのまま進んでいいんだよ」と自分自身に優しく語りかけながら、一歩ずつ歩み続ける優しさと忍耐強さのことです。
穴は、より柔軟で、価値観と同一化しない、あなた自身の真の自己が育つための、大切なスペースなのです。
どうか、今感じている不安を否定しないでください。それは、あなたが人生をより良く変えようとしている証なのですから。
「あ、今が卒業のタイミングなんだな」と気づくだけ。
あなたの心のシステムは、今、新しい安定を見つけようと必死に働いています。この大きな一歩を踏み出す自分を、どうか誇りに思ってください。
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